ちちのひ

2014年1月に父を自死で亡くしました。

ひとり

ひとりの休日程落ち込む物は無いな。

自分がいかに空っぽで何者でもないか、誰にも求められていないかを痛感する。

そんな時に限って気管にお茶が詰まるよね。


だけど空っぽだと色んな人の感情があっさり入って簡単に浸透するからちょっとしたテレビ見るだけで信じられないぐらい泣けたりする。お得デトックス。

じいさんが農作物について喋ってるの見ただけで泣ける。

いいね、生きててかわいいね、良かったね、あと100年生きて欲しい。

仕事中もたまにかわいいばあちゃんがやって来て嬉しそうに笑ってくれたりすると本当に涙で前が見えなくなる。ずっと生きてて欲しい。

同時にこんなかわいいお年寄りにはなれないんだろうなと自分に絶望する。

かわいい人は皆素直でとってもパカッと笑う。それに恥じらう。

自分はもうそんな風には笑えないし恥もプライドも何も無くなってしまった。

日毎一日ずつ確実に心が死んで冷たくなって行くのが分かる。

なのに脳は勝手にぐるぐるびゅんびゅんするからゾンビになる。

ゾンビは辛い。

永遠に満たされずに歩き続ける。

例え足の肉が擦れて崩れ落ちて痛くても、それよりも飢餓感の方が勝るから。

差し伸べられた手に齧り付いて食い殺す。

そしてまたひとり。


ぐるぐるday

2店舗行き来が始まって頭も体もぱーんだからか気持ちもざわついてる今日この頃。

何でもない同僚の言葉や仕草から必要以上に受信してしまって疲れちゃってますね。

ぐるぐるぐるぐる。

多分自分が考える以上に他人はこっちを見ていない。

分かってるのにねー、どうして考えるのやめられないんだろ。

今朝は頭の中の声が煩くて煩くてほんとにどうしようもなくてこの声を締め出したい、何も考えたくないと思うのにどうやってもムリで、ああ死ぬしかないのかな、と冷静に落ちてた。

意思に反して思考がぐるぐるびゅんびゅんしてその速度に付いていけない。めちゃくちゃ疲れる。

あまりに膨大過ぎて言葉にも出来ないし。

反論したい時程黙ってしまって更にストレス...

ああ生き辛い。



だけど帰りに空を見上げると心がすっと軽くなる。

うんこ踏みたくないからつい下ばっか見て歩いてしまうがちゃんと上向いて歩こうね。

たんこぶ

今日、久々に頭を強くぶつけてたんこぶが出来ました。

頭をこんなに強く打つのも子供の頃以来だなぁと笑える。

そんな何気無い幸せと同時に、子供の頃お父さんと見た景色、車の中でかかってた音楽、よく口ずさんでた歌とかおどけた表情、日の出が好きだったこととか、走馬灯のようにパッパッパッと色々思い出してしまって(頭を強打したからではない)辛かった。


子供の頃、っていうのがまだスイッチになったりするから思い出を思えない。

だから蓋して考えないようにする?

そうすると思い出まで消えて無くなりそうで恐い。

でも思い出があるのは良いこと?思い出したら辛くなるのに?

よくわからなくなります。

まだまだあちこちにスイッチが落ちててすぐにエンジンが切れてしまう。